2006年 03月 21日
今の心境・・・
翌16日朝、埋葬しました。

最後のお別れの前、私のベッドに寝かせて写真を撮ると、かつてここで寝ていた時と変わらない様子に見えました。

それからタオルにくるみ、リボンをかけ、妻に抱かれて庭に行きました。
庭ではちょうど、ミモザ、梅、河津桜が、満開を迎えていました。
埋葬場所は、ミモザの根本、幹を挟んでゆきにゃあの右側です。
まろにゃあの上に、ミモザと河津桜を散らしてやりました。
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ゆきにゃあを飼い始めたのが1990年、それから数えると、猫との生活は、通算16年になりました。
結婚したのが1989年なので、子供がいない私たちには、猫がこれまで生活の鎹(かすがい)になっていました。

ゆきにゃあとは、14年10ヶ月(享年15歳)、まろにゃあとは、12年6ヶ月(享年18歳半)の生活でした。
これで、二匹は思い出の中に、再び同列になりました。


猫用にした布団、座布団、ペットヒーター、猫つぐら、段ボールハウス、猫用トイレ、キャリーケージ、餌用の皿、トレイ、爪研ぎ、爪切り、ブラシ、猫用おもちゃ、猫缶、カリカリ・・・
それらのものが、無用になったことが寂しいです。

今住んでいる家は、8年前に建てたのですが、その時リビングの入り口には、猫用出入り口を付けました。
また、和室以外、全部フローリングにしたのも、猫がいるから、という理由が大きかったです。
まろにゃあは、家具をバリバリすることは、ほとんどなかったですが、ゆきにゃあは、あちこちよくやってくれました。
一番ひどかったのが、リビングの扉で、ちょうど背伸びして届くところが大きくえぐられています。
その他、至る所に爪痕を残してくれましたが、それも今では思い出です。


この16年間、「猫がいるから」「猫のために」という気持ちがいつもありました。
「猫がいるから」、玄関を開けっ放しには出来ない、入って欲しくない部屋や家具の扉は閉じておかねばならない、袋や箱、カバンを開けたまま置きっぱなしにしない、「猫のために」、早く帰ってやらねばならない、冷房を付けっぱなしにしておく、暖房をタイマーセットしておく・・・・・・
生活の端々に、猫が同居していることの配慮が必要でした。

でも、それらが全てなくなった今、猫を飼う前の生活に、つまり何か、振り出しに戻ったような気がします。
もう朝4時半に起こされることもない、部屋の中が猫の毛だらけになることもない、衣服にもこれ以上猫の毛がつくこともない、玄関や部屋の扉を開けていても大丈夫、餌やりのために早く帰る必要がない、外泊しても大丈夫・・・・
16年間いつも気にしなければいけなかったことが、ふ〜っとなくなり、寂しいけれど、肩の荷が下りたような感じもします。

15日の日も、申告書を玉川税務署に出しに行ったのですが、その帰り、久しぶりに多摩川縁を散歩しながら、もうまろにゃあの容体を心配して早く帰る必要がない、と思ったら、少し解放されたような気分がしました。

もちろん、まろにゃあが死んで数日は、涙が流れて仕方がなかったです。
時折、こみ上げてくるものがこらえきれなくなったり・・・・
でも今は、寂しいという空虚感とともに、「終わった」という、安堵感のようなものも、心の中にあります。

まろにゃあには悪いけど、喪失感は去年ゆきにゃあを失った時の方が強かったように思います。
でも、まろにゃあがいてくれたおかげで、多いに慰められました。
この1年、それまで2匹に分散していた愛情を、まろにゃあ1匹に注ぎ込みました。
まろにゃあも、ゆきにゃあがいた時は遠慮していたのでしょう、1匹になってからよく鳴くようになったし、寄ってくる回数が増えたような気がします。

ゆきにゃあが逝ってから、まろにゃあの寿命は、あとどれくらいだろうかとずっと気になっていました。
まろにゃあも、慢性腎不全になっているのは確実でしたし、まろにゃあのほうが高齢なので、あと何ヶ月もつだろうか、それがこの1年心の中にありました。
その心配事がなくなった今、気が抜けた反面、楽になった感じもあります。


当分、猫は飼いません。
寂しいですが、飼えばまた虜になってしまい、猫のことが頭から離れない状態になってしまいます。
以前、飼い主が決まらない子猫を3日だけ預かったことがあります。
もう、うちには2匹いるし、2匹とも子猫を拒絶した(まろにゃあに至っては、自らが姿を隠しました)ので飼えないだろうなあと思ったのですが、私たちは子猫の魅力に完全に魅了されてしまい、3日後に引き取られていった時は、涙してしまいました。
この時私は、自分がほんとに「ねこばか」なんだなと実感しました。
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by yukinyaa | 2006-03-21 19:30 | ねこ


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